自由形式のテスト

2007年02月20日

リスナー(TOUDOU氏)のメモに補足加筆

まとめ

「もったいない」は発話者により感ぜられた「”主観的理想運用値”の未達成活用度合い」に応じて強く感ぜられよう。
だが、物理的制約下(?)では”客観的理論運用値”が存在し(?)、それが計算できる場合もあり、一旦それを知れば「”客観的理論運用値”の未達成活用度合い」として「もったいない」の度合いのスケールを改めうるであろう。
カルノー効率の未達成活用度、CAN能率の未達成活用度などがその例である。
で、この論だと要するに、地域熱電とか、のほうへ いくのかな?

物理的制約。平衡になるまでしか仕事に変換できない(有効エネルギー)。有効物ネゲントロピーの有限性(偏在資源の枯渇・拡散限界)。太陽光・宇宙背景放射の半永久性。地球は水(+大気)の非平衡な三重点サーモスタット。

未達成度合い、未利用度合い、未活用度合い、残余度合い、理想理論値との下方乖離度合い、改善余地


あと、「もったいない」は、まだある もうないと、残量ないし供給量に比した使い方での 消費速度に関連して発せられる場合もあろう。こちらについては論じなかった。
今思うと、私の前の演者二人は、唐木田健一氏がオイルピーク説の紹介の中で まだ半分ある もう半分しかない を、中村修氏が フラスコ内の栄養と細菌の 生存細菌数増殖>>>細菌数ピーク>>>細菌数減少∧栄養減少∧汚染増大>>>死滅プロセスカーブ ひと山型(釣鐘型?)増殖死滅曲線 を示された。 まだある、もうないのほうが、より求められていたかな?場に合っていたかな?資源の有限性?
使えるエネルギー(エクセルギー)には限りがある。在庫分も日銭分も。どう使っていくのが”客観的理論運用値”かは、これは直ちには、むずかしい。日銭、キャッシュだけで、の生活への移行期?

 おまけ エネルギーの色
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御出席者T氏からお送りいただいたメモメールに付け加える形で、添え書きさせていただき返信しました。さらに加筆。


> > コメント  エクセルギーともったいなさ
> >
 私は佐藤正隆のネゲントロピーに嵌まっている。これは有用かもしれないと思っている。で、今一度売り込みを掛けている。非平衡統計力学のグループに押しかけてポスターセッションでしゃべった。そのときのタイトルは「統計力学へのエクセルギーの導入と佐藤正隆のネゲントロピー」。
今またエクセルギーが注目されているが、エクセルギーを基礎付ける概念として、佐藤のネゲントロピーが機能する可能性を提示したかったからである。だが結果は、全然受けがない。

佐藤正隆のネゲントロピーは、統計力学的なエクセルギー表現を可能にし、さらに情報理論にも繋がる。マクロな物理、ミクロな物理の連携を高め、さらに情報論と物理との結節を高め、情報論絡みの事象を扱いうるともしている。いわゆる物理から離れた話の扱いに、ちょっかいを出せるかもしれない、と思った。

ネゲントロピーは、佐藤正隆により、有用性と関係のある量であるとされる。”物理価値”、”熱力学的価値”、”使用価値ポテンシャル”などとも呼ばれてきた。価値に絡んだ話ならできるかもしれないと思った。

先の横浜シンポジウムでもしゃべった。テーマとして「もったいなさ」をもってきた。注目を引くべく下心があった。だが、テーマが決まってみると、ネゲントロピーの情報論的な解釈を許せば、むしろ、豊かさの方を、表現できる可能性を、まず先に感じた。豊かさのほうが、多様性や自由度として、扱えるかもと思った。しかし、「もったいない」は実現されていない潜在価値を想定したときに発せられる語であり、理想(効率)の未達成具合にも用いられよう。つながりはあると思った。カルノー効率の話に限れば、物理学の範囲の話でも関係はあると思った。

さらに、省エクセルギーは心地よい(宿谷昌則)的な観点から、エクセルギー、ネゲントロピーから、感性につながり、やまと言葉にまで体験として(エクセルギー)ネゲントロピーが受け入れられる可能性に期待した。リラックスの環境条件としての、人体側の省エクセルギー消費で、感覚量と比例的なら。佐藤が提唱するKLネゲントロピーが臭気など感覚量と比例する量のように感ぜられるからである。

だが、予稿では「もったいなさ」から逃げ、佐藤正隆のネゲントロピーの紹介にほぼ絞った。自説の提示から逃げた。説もまだ間に合わなかった。横浜シンポジウムでは、佐藤正隆のネゲントロピーの話よりも、エントロピーの力学との対応といった話になってしまった。
標準理論から離れた、ネゲントロピーの話を、一般の人にいきなり話すのもどうかと感じた。また、ちょっとした説明モデルを思いつき、エントロピーを、これで説明できる、という、思い上がりがあった。

> > もったいないを引っ掛けて話したらどうかと思ったが止めました。

後で考えると、やはり、予稿どうりに、予稿を読み上げる形で、さらっと、佐藤正隆の理論の紹介だけはしておくべきだったと思った。

> >  ファクター4:効率を2倍に資源消費を半分に(カルノー効率と部屋の管理
> > の問題)
http://raycy.seesaa.net/article/26267107.html
ファクター4―豊かさを2倍に、資源消費を半分に
カルノー効率の話と、自由度多様性の維持拡大の話と。
メカニカルな、マシンの効率の話。使いまわしやらコロンブスの卵やらで、結果として需要者側 人間側の満足度 欲求の充足度の実現の話。

たとえば、所有からレンタル化されたクルマ群のでのレンタルの運営管理の話に近いかも。(≒≒≒>クルマ総量の低減でも同効用。) 社会的効率。レンタルの選択。共有。
効用を維持ないし高めつつ、自由度多様性の達成拡大に効果的な物品有効エネルギー運用を。


満足な、いい時間の享受。それは、自由度多様性?孫に囲まれた生活?その省エクセルギーな実現。

> > 新宮秀雄 『幸福論』

http://raycy.seesaa.net/article/7971688.html
新宮 秀夫(著)幸福ということ―エネルギー社会工学の視点から

> > 80℃の水と20℃の水
> > くっつけると50℃の水になった。有効エネルギーがなくなった。

http://raycy.seesaa.net/article/34065982.html

> > これが20℃の水が無限大であれば、という議論がエクセルギーだということ。

無限大、もしくは とてもうまく一定に保つように制御されているということ。地球のホメオスタシスを信頼しているということか??

> > ⇒経済学は自然をなぜ無限と捉えたか、という問題意識ともつながるのがエクセルギー

これは、単に、標準条件で考える、理想化、標準化 ともいえるが。

> >
> > エクセルギーで経済学
> > エクセルギー解析で経済の計算によくあうといっている人がいる(九大)

http://blog.goo.ne.jp/raycy/e/f4da04926e6bb281e5c553ff2c167bd3
エクセルギーと経済の関係に
関する考察 福田,研二
エネルギー、地球環境、生態系を含む「統合経済理論」構築の試み

> >
> > エクセルギーは非平衡性である
> > それが佐藤正孝さんの理論の枠組み
佐藤正隆
http://d.hatena.ne.jp/raycy/20050823/p1

> >
> > もったいない、はいろいろ考えてみたんだが、「エクセルギーのすすめ」のイ
> > ラストでは発電所はもったいなく見えるがもったいなくないこととして説明さ
> > れていた。(モクモクと煙を吐いている発電所のイラスト)

http://raycy.seesaa.net/article/11423392.html
霊際: 「エクセルギー」のすすめ―熱力学の革命がはじまっている ブルーバックス 押田 勇雄 (著)

発電所は、カルノー効率的には、かなり達成しきっていて、廃熱はあるものの、火力発電という原理での限界に近い。あとはコジェネ化だな、あるいは、燃料電池とか、という意味で、「もったいない」ではない、と。

カルノー効率の未達成度が少なくてカイゼンの余地が小さいから、「もったいない」度が小さい、と。

エクセルギー、(エントロピー)、ネゲントロピーを取り込んだ、素朴を一段脱した「もったいない」なら、有効な場合もあろう。それが省エネ技術者の飯の種であり、彼の「もったいない」なのかもしれない。著者 押田勇雄氏のもったいないは、既に、素朴な「もったいない」を脱していたはずである。あとは知行合一の問題。

で、そのエクセルギー化された「もったいない」が、購買者レベルまで降りてくる番になったのかも?
エクセルギーをただ聞きかじったところで、実際の行動には結びついていない。私の場合には。
概念の使いこなしは困難。もっと、安直でしかも循環持続的な行動選択、購買選択、ライフスタイル選択出来やすい判断基準が欲しいところかも。さらに噛み砕かれたものを。それがたとえばロハス提案か。その辺を、関西セミナーは やろうとしているのかな?
20の提言だかも、そういうことではあったんだろうが。

あるいは、もっともどって、メーカー側、家電住宅メーカーの品揃えレベルで?やるべきこと?噛み砕くことも?

しきたり、習慣にまで落とし込まれるには、その前に、街づくりとかが必要なのかな? 市民の手で創ると。

> > 現代では価値観が違うということが問題になる。もったいない爺さん、という
> > 話では、父が一番大事にしなかったのは人の心だと思う、というコメントが
> > あった。
> >

http://raycy.seesaa.net/article/14943383.html

> > 何をもったいないと思うかは価値観の問題

多元ネゲントロピー空間での、各個人ごとの重み付けを 夢想しておりました。

> > だが客観性的には物理の話だと思う。

物理の話の部分も、価値判断の制約側の基礎にあるはずだろう。

> > 相変化

佐藤正隆氏は、過剰なネゲントロピー、ネゲントロピー容量と、復元性の破壊、まで言及。
http://blog.goo.ne.jp/raycy/e/59a07aa1acc3b57957b78eaa2648db04
霊犀社2 破壊 と ネゲントロピーの有害性。

その先に、相変化相転移がある場合もあろう。

> >
> > コメントのコメント(井野)
> > B=S0−S エントロピーが最大まで大きくなると価値がなくなる、これが
> > 槌田さんの物理価値。
> >

エントロピーが最大とは、環境と平衡ということ。かな。
posted by raycy at 16:24| Comment(0) | TrackBack(1) | mottainai | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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