自由形式のテスト

2006年11月28日

0.テーマ決めの拠りどころ:もったいなさの定量的表現の理論的基礎

「もったいない」は残存価値や、理想プロセスと乖離した低効率で物事が、放置された状態を形容する場合に使われていることがある。値打ちを値踏みする形容ことばだ。

これとちょっとは似た値打ちの値踏み表現に「ありがたい」という形容詞がある。こちらは「棚からぼた餅」系。値打ちが、上方に乖離した状態か。(だが”棚ぼた”だと、いわゆる岡田美里ケース・予期せぬ過剰問題・制御不能な過剰の不意打ち問題は残るが。)もう一点あった堺‐岡田の価値観そしてもったいない論争


つまり「もったいない」は、価値の見積もり値と現行の下方乖離状態との差を感じて発せられる表現の一つであろう。
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■価値。

エントロピー学会で価値といえば、先ず、槌田敦氏の「物理価値」が思い浮かぶ。

2004年のシンポジウムでの白鳥氏の講演への丸山氏の質問をきっかけに、井野氏は覚書(会誌54号,2005年3月)で「”物理価値””使用価値ポテンシャル”は”ネゲントロピー”とも等価な概念である」とした。また、「ネゲントロピーは、エクセルギーを環境温度で除した商」であるとも言及した。

物理価値(槌田)、使用価値ポテンシャル(玉野井)、熱力学的価値だったかな河宮)、拡散する能力(槌田)、熱学的価値(槌田)、ネゲントロピー(神里安孫子勝木

この「物理価値」概念カテゴリーは、河宮信郎氏が たしか物理学会誌で、そして エントロピー学会 会誌 えんとろぴぃ第2号でも「佐藤正隆のネゲントロピー」までを含めて言及していたことがある。

また、槌田氏は著書で、またネットでも?(うろ覚え)、この概念について、「ランダウ‐リフシッツ本での”環境下での最大仕事”」「プリゴジンの本にジュグエが言及してると書いてあった。うんぬん」とまで遡って記した。

ジュグエの名は、杉田元宜氏の著書にもジュゲの名である。

このジュグエJouguetが、ギュイ‐ストドラの関係を定式化した人だという。

この関係式については、ポピュラーサイエンス書・通俗科学解説書(にしてはいささか高級すぎる)
http://raycy.seesaa.net/article/11423392.html
霊際: 「エクセルギー」のすすめ―熱力学の革命がはじまっている ブルーバックス 押田 勇雄 (著)(1988/04)

に、グイ・ストドラの定理として紹介されている。

この辺のGouyギュイ、Stodolaストドラを交えたエクセルギーへの概念・術語の歴史の概要が、亀山(1999)による解説にある。
Gouyは1889年にenergie utilisableという語で最大仕事を論じ、Stodolaは、1898年にtechnishe Nutzarbeitを流れから得られる最大仕事として定義している。Jouguetは、1907年にこの2人の考えを総合して環境の値をゼロとおくことを提案した。

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(見積もり)価値つながり

「もったいない」、ネゲントロピー、エクセルギー(有効エネルギー、有用なエネルギー)
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■ネゲントロピーは(そしてエントロピーも)、かなり無次元数っぽい。


ネゲントロピーの単位は何だろうか。
ネゲントロピー、それは
 始めの状態 と 見積もりによる終わりの状態のエントロピーの差をとったもの
である。
(なぜ”見積もり”と入れたか。なぜなら、まだ終わっていない夢の?途中であり、まして一回限りの試行ではなおさら、未来のことは人智の及ぶ限り(ベストエフォート)の知見から外挿しているに過ぎないからである。断言できない、不確実な方向、それが未来であり、直近の準備して観察する着目系の過去は誤差範囲を押さえた限りで確実であることもある。出来レースで無い限りは、、。時がたつと、また不確かになる。だが、書誌時間内では確実になることもまたある、(データ蓄積精度向上型?)。

ということは、ネゲントロピーの単位はエントロピーの単位と同じ次元ということになる。
エントロピーの単位は凾r=凾p/Tとかで(熱量)割る(温度)だから[J/K]であろう。
ところでである。温度は、理想気体では、内部エネルギーと比例関係にある。

(中略 あとで考える)

要するに、非常に大きな、大数の壁があるとはいえ、

エントロピーは、そして ネゲントロピー も、単位量子?当りの 無次元数ということになる。はず。(あとで、要詳述)

これで、ネゲントロピーが、熱物理の世界のみに縛られぬ量、広く物理世界で通用する可能性の一端が垣間かいま見えた。

これで、ネゲントロピーが、物理量の世界のみに縛られぬ量であることの可能性が、垣間かいま見えた。

へ?てことは、無次元数全般が、物理の世界以外につうてい 0 【通底】する何かの表現であるとの仮説提起ということになるなあ。それは、どうかなあ。疑問。


ということは、無次元数の世界につうてい 0 【通底】する性質をネゲントロピーも 持っているのだろうか?相似性やら相変化指標性やららら?

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■ボルツマンの統計力学におけるエントロピーの導出論文(1877年、それに1878年?)の前提は、イマジナリーな確率統計現象のみで 力学は抜き?

http://raycy.seesaa.net/article/25785526.html
物理学とは何だろうか 下  岩波新書 黄版 86 朝永 振一郎

で朝永は、ボルツマンの論文を解説して 部屋割りの問題 を述べ、平均延べ時間(滞在時間)で、
要するに事は会議室使用の時間わり
をモデルとして、デッドステート・熱死状態・最終平衡状態が、結局は状態の落ち着きどころであり、その状態の生起が「最も確からしい」との仮定で、最終平衡分布(ここではボルツマン分布)を導出したとみているようである。

ボルツマン論文「熱力学の第2法則と熱平衡についての諸定理に関する確率論の計算とのあいだの関係について」(1877年)では、分子の運動衝突には言及しない形で、導かれているように見える。分子衝突の式は、無いと思われるのだが、いかがか。連続コマ送り写真のように部屋の使用状況俯瞰図を眺めては、統計記録を取っているような操作、それだけによって、この論文は、書かれているように見えるが、いかがか。

ならば、エントロピーは ランダムな部屋移動運動(衝突かどうかなどの過程選択によらず)の統計量として、観察される可能性があるということであろう。

だが、今度は分子の運動過程の問題が、「ランダム」のほうへ付け替えられたということなのかもしれない。厄介なようわからん問題がでたら、みんな「ランダム」の側へ尻を持ち込んでくると。そこに「エルゴード性」だとかが入ってくるのかな?


ところで、このボルツマンへの啓示となったマクスウェルがヒントを受けたのは、ケトレー「社会の物理学」だって言うんですよ。
http://blog.goo.ne.jp/raycy/e/2e5aeabdb996824f5fe2a89277d396c8
霊犀社2 赤池弘次 ゴルフ Quetelet
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以下 もったいない系を詳述? 

「もったいない」は残存価値や放置状態などで、観察者が思い描く価値実現形態から、(しばしば大きく)下方に乖離して実現しているような様を称して使われる。静的状態の場合もあれば、動的プロセス・過程を称する場合もある。

たとえば、油を売る場合を考えよう。
http://blog.goo.ne.jp/raycy/e/833d66dae996ea806dc0bee7895cfcd9
霊犀社2 油の量り売り

情報量基準。価値観として捉える。
池波、赤池、もったいないじいさん、堺‐岡田。
http://raycy.seesaa.net/article/14943383.html
霊際: もったいないじいさん 今井 美沙子 (著)

http://raycy.seesaa.net/pages/user/search/?keyword=%89%BF%92l
霊際を価値で検索
posted by raycy at 23:47| Comment(0) | TrackBack(2) | mottainai | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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